twitter上で、建築をめぐる四方山話があって、1ユーザーとして参加させてもらった。 詳しくはsiskwさんがまとめてくれた住宅設計における建築家の役割の話 その1 ーログまとめ編ーをご覧いただくとして。
コンストラクションマネージャーとして建築家を選ぶべき立場の人間として、設計者がやることを果たせておらず、発注者も発注者責任から逃げており、現状いかがなものかと思って発言していたのでエントリーを書いてみることにした。 以下、まとめより一部抜粋。
■まず、住宅か住宅以外かを分けて考えるべき 一番大切なのは、建設というサービスを提供する側(設計者、建設会社、コンストラクションマネージャー)と発注者との関係から整理・分析するべきだと思う。今回の議論は、B to Cの物件を対象にはじまった。これは、建築家と呼ばれる人たちの主戦場が住宅物件に多いためであることと、事業物件では実は設計者の役割を負っていない(後述)ことからくるものである。
戸建住宅は、B to C(Business to Consumer)というモデルである。 Cというのは一般消費者と思ってもらえればいい。建設というサービスを提供する法人と、個人(もしくは節税用のマイクロ法人)との契約だと考えてもらえればいい。
非住宅物件(マンションも含む)は、B to B(Business to Business)というモデルである。 これは、建設というサービスを提供する法人と発注者が運営する法人(多くの場合デベロッパーや不動産投資用の特定目的会社)との契約だと考えてもらえればいい。
管理人は、直接B to Cの土俵で議論することを避けようと思う。B to Cの建設プロジェクトは知識の無い者の草刈り場になっており、とてもビジネスとして成り立っていると思えない点があるからだ。まとめより抜粋した部分にあるように、コスト、仕様、法務にルーズすぎてとても議論できる状態にないからだ そこで、発注側にもあるていど技術的な素地があり、コストや法務にシビアなB to Bで先行している発注形態をB to Cに適用してみればと思い、一連の発言をしてきた。 実際は、B to Cに適用する場合は、クライアントの技術的な知識の補完をする人間が必要なのだが、それは別のエントリーで行おうと考えているので、今回は言及しないこととしたい。
■建築家やるやる詐欺 結論:B to Bの物件は、実は建築家に設計を頼んだりしてしない。 建築家は彼らの信じるものを実現する代わりに意図的に設計責任を放棄しているからだ。 実際、品質上のトラブルが起きたとき、彼らの責任を追及したところで賠償責任能力がないのだ。 返済能力の無い人間に金を貸す人間などいないように、責任能力の無い設計者と設計契約などを好んでする理由が無い。
____________ ヾミ || || || || || || || ,l,,l,,l 川〃彡| V~~''-山┴''''""~ ヾニニ彡| 設計する・・・・・・! / 二ー―''二 ヾニニ┤ 設計するが・・・ <'-.,  ̄ ̄ _,,,..-‐、 〉ニニ| 今回 まだ その時と場所の /"''-ニ,‐l l`__ニ-‐'''""` /ニ二| 指定まではしていない | ===、! `=====、 l =lべ=| . | `ー゚‐'/ `ー‐゚―' l.=lへ|~| そのことを |`ー‐/ `ー―― H<,〉|=| どうか諸君らも | / 、 l|__ノー| 思い出していただきたい . | /`ー ~ ′ \ .|ヾ.ニ|ヽ |l 下王l王l王l王lヲ| | ヾ_,| \ つまり・・・・ . | ≡ | `l \__ 我々がその気になれば !、 _,,..-'′ /l | ~''' 設計図書の受け渡しは ‐''" ̄| `iー-..,,,_,,,,,....-‐'''" / | | 10年後 20年後ということも -―| |\ / | | 可能だろう・・・・・・・・・・ということ・・・・! | | \ / | | 建築家 Aさん
また、建築家の講演会で発注者が利益のためにどのように貢献したかを言及する建築家がいるだろうか? 多くは、自分が望むデザインをどのようなプロセスで実行したかを振りかざしている。そんな事を聞きたいのは、建築学科の学生くらいだ。自分が発注者だったら、自分の建物で勝手なことしやがってと訴状の一つも送りたくもなるだろう。
クライアントはパトロンではない。 クライアントはなぜ建築家を選定するのだろう。 彼らは建築家にデザインを依頼する代わりに、投資した金額以上のリターンを期待するものだ。 クライアントの利益にならなければ、どんな美しいものを作ったとしても意味が無い。 発注者の予算を自由に使って発注者の利害を考えずに設計してよい、 そういった契約をクライアントと交わしてはいないはずだ。
多くの建築家は、設計などできない。 彼らが作ることができるのは、建築士の資格でなくても作成することのできる「なにか」なのだ。 外国と違って彼らに瑕疵があっても彼らに多額の賠償金を請求できないのだから、 発注者の立場としては建築家に責任など負わせないに限るのだ。 反対に、建築家は建物に責任など負っていないのだから、欧米より格段に建築家の地位が低いのも当たり前なのだ。
■一つの解決策として建設会社に設計を依頼するという選択肢 建築家は建設プロジェクトにおいてどういった役割を果たしているんだろうか。 彼らの役割として唯一のものは、「そのブランドイメージから来るデザイン性」である。 極端なことをいってしまえば、体現するものというのは、パースや模型で十分である。仮に図面で表現したいならばDrawingとして表現していいよ、ということだ。 クライアントが望む品質を確保するためのものではないそれらは、必ずしも建築関係規定で定められた設計図書とは一致しないものだ。
だったら、その実現を建設会社に委ねてみるんじゃないかという考え方がうまれた。ちょうど日本にもそういったシステム、設計施工という考え方があったからだ。設計施工の欠点は、コストと品質監理が不透明になる可能性があるということだ。けれど、どのみち建築家が設計者でもコスト査定なんてできないし、品質監理をしない代わりに意匠上の我侭を通している現状があるのでデメリットとはいえない。 より透明性を高めるなら、コンストラクションマネージャーが発注者の立場に立って第3者監理とコスト査定をすればいい話だ。
契約関係に無い設計者と建設会社が直接やりあうなどということはおかしな話なのだ。 設計のミスを施工に押し付けるというのも同様だ。不具合があったら訴訟にならない限り費用負担するのは建設会社になっているのが現実だ。だったら、建設会社と設計契約をすればいい。誰にとってもフェアな契約だ。
事実、新建築などで大型物件の詳細データを確認してみればいい。 設計者が伊東豊雄+清水建設となっていたら、確認申請上の設計者(申請者)は清水建設の一級建築士のはずだ。 日本の建築家で国際競争力のある建築家などほとんどいないが、スーパーゼネコンは世界的に見てもその技術力は突出しているのだ。日本にいて発注者の立場に立っていたら、スーパーゼネコンの技術力を生かした方がいいものができると判断するのは当然だ※1
■「建築家⊃設計者or建築士」という図式のいびつさ
建築家⊃設計者or建築士と考えたり、世間に向けてそういう誤解を与えるようなやめたほうがいい。 彼らはただ彼らが信じるものにだけ、一生懸命なだけなのだ。 勘違いしがちなのは、その彼らが信じるものは建設業界の1%の利益も代表していないということだ。
建築家を選ぶ側になってはじめてわかったことがある。 彼らの大半は知識の無い一人の人間を丸め込むことしかできない。 ビジネス的に自分のデザインがどのように価値向上に貢献するかを発注側の論理にたって発言するという事などできない。だから、ビジネスシーンから見放され、建築家=設計者は発注者の利益に寄与しないろくでもない奴というレッテルが貼られる。
けれど建築に関わる人間として、彼らとは違う論理の中で生きている人間が多いことを忘れてはならない。 建築家は、あたかも設計者、建築士の代表のように、ずっと建築学科の学生しか説得できない理論を振りかざしてきた。
建築家のせいでデザインが世間と隔絶され、理解されなくなっている。 建築家のせいで建設業というのは世の中に貢献できない産業だと思われている。
もう一度、考えてみた方がいい。我々が社会的に何を果たして行き、何を果たしうるのかを。それは、本当に建築家に負わせるべきものだろうかという事も。 建築家≠設計者、建築士という明確な区分が浸透していけば、組織設計事務所や建設会社から、ビジネスシーンにマッチした論客が出てくるだろう。 理解ある発注者が建設業界全体に失望する前に、建築家に自分達の期待など委ねずに建設業界に携わっている個人として発信していくことができれば、よりプラスになることは間違いない。
※1 組織設計事務所を活用する案としては、設計JVとして建築家+組織設計事務所と設計契約を行うという手法もある。
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